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ロシア入国にはビザは必要?
06/09
ロシアビザの取得方法 「ロシアはエニグマ暗号機のような不可解さに包まれた謎だ」 ウィンストン・チャーチル(英国の政治家) ロシアはアジアと欧州のふたつの大陸に跨る世界最大の面積を有する国家です。1800年代にロシアがアラスカを売却するまでは3つの大陸に国土を伸ばしていました。 ウィンストン・チャーチルが語ったように、旧ロシア帝国は常に私たちを引き付ける謎めいた魅力に満ちています。 この国には大きな産業都市と農地の他に、未開発の荒野がまだたくさん残っています。国土には森、ツンドラ、大河、ウラル山脈とコーカサス山脈、大草原など壮大な自然が広がっています。 この広大な国の洗練された正教会の建物、国の中心であるモスクワ、サンクトペテルブルグの高度な文化、ピョートル大帝の政策による美しい建築物は必見です。 この驚きに満ちた国を実際に訪れて、その自然と人工の美を堪能してみませんか? ロシア旅行には、事前に準備が必要です。 旅行者にとって、下準備と役所の手続きは真っ先に済ませなくてはいけない必須事項です。 外交官パスポートを持っていない日本人は、ロシアへの入国にビザが必要です。 ロシアビザ取得についての基本情報 オンライン講座でロシア語のレッスンを受けた人は、現地を訪れて自分の取得したスキルを試してみましょう。 外国籍の人がロシア連邦に入国するにはビザが必要です。 ロシア連邦のビザを取得すれば、ロシアへの入国と一定期間内の滞在が許可されます。 通常、ビザには入国日と出国日、基本的なID情報、パスポート番号と失効日、ロシア国内の滞在先情報などが記載されます。 ロシアビザは入国ビザであると同時に出国ビザでもある点に注意してください。 ロシアビザには下記の4種類があります。 ロシア観光ビザ ロシア業務ビザ ロシア個人ビザ(ホームスティ) ロシア通過ビザ この記事では、大半の人が該当する観光ビザを中心として、それぞれのビザの種類を見ていきます。 スラヴ語圏の魅力 ロシアで最も人気がある観光地は、モスクワとサンクトペテルブルグです。 日本とモスクワの時差は6時間です。 飛行機のおかげで、現在ロシア旅行はとても楽になりました。成田空港からモスクワまでの飛行時間はたった10時間半です。 カムチャッカの火山群、バイカル湖、ペルミやノヴゴロゴ、正教会の他にも、ロシア旅行で外せない多数の観光スポットがあります。 また、ロシアはオリンピックで活躍した多数のスポーツ選手を輩出しています。 2018年、ロシアは前年のFIFAコンフェデ杯に続いてFIFAワールドカップの開催国に選ばれました。両イベントには数百万もの観光客が見込まれたので、ロシア当局は選手、コーチ、記者などの関係者や観客がスムーズに入国できるように行政手続きを簡略化しました。この際、当局は開会式から閉会式までの10日間のみ有効となる「ファンID」という特別なパスポートを作成しました。 このパスポートを取得するためには、ウェブサイトから事前に申請する必要があります。 また、試合のチケットを既に購入していることとIDの提示が条件となっています。この条件を満たした場合、ファンIDが送付されます。 ここで、ファンIDは観光ビザの役割を果たし、競技場への交通機関の無料乗車券としても使えます。 観光の前に、ロシアの偉大な作家やその功績についても調べておきましょう。 ロシアと日本の現在の関係 そびえて社会主義共和国連邦が解体してから四半世紀が過ぎ、鉄のカーテンは完全に崩落しましたが、ロシアと日本の関係は常に順風満帆だったわけではありません。 北方領土の問題も解決されず、平和条約も未だに締結されていません。最近では、ロシアによる北方領土周辺での軍事演習により、両国の関係は更に冷え込む可能性があります。 しかし、個人の入国が規制されているわけではありません。特に日本人は観光地で積極的にお金を落としていく傾向があるので歓迎されます。それでも旅先で予想外の事件に遭遇する可能性もあるので、常に礼儀正しく節度ある態度をとりましょう。 政治の話は避けて、ロシアの言語と文化に敬意を示しましょう。 ベラルーシなど特定の国から入国する場合、手続きがもっと複雑になる場合があります。 もちろん、ロシア語で現地の人たちとコミュニケーションをとれるように、旅行前にロシア語のレッスンを受けておく方がいいでしょう。 ロシア文学の名作をいくつか読んでおけば、ロシア語についても学習できます。 ロシアビザの申請場所 ビザは外国人がロシアに入国するために必要な公的許可証です。 ビザはロシア政府が指定した当局により発行され、滞在期間や目的などの条件により、発行されるビザの種類は異なります。 日本では東京、札幌、函館、大阪、新潟の在日ロシア領事館でビザを申請します。在日ロシア大使館の領事部ビザ部門では、2019年6月からロシアへの入国ビザ申請にあたり在日ロシア大使館のウェブサイトを通して申請日時の予約が必要になりました。 また、2019年4月から、ロシア連邦入国ビザ申請者へのサービスの品質向上を目指し、大使館領事部ではロシアビザセンターが業務を行うことになりました。(https://interlinkservice.
ロシア文学を学ぶ
09/08
ロシア文学の繁栄 ロシア語の発音(特に「r」の巻き舌)は魅力的だという意見は世界共通です。 特にロシア語のアクセントは、ロシア語圏の人が英語を話している時ですら耳に心地よく響きます。 ロシア語教師を目指す、ロシア旅行、ロシア語圏での研究、ロシア人との国際結婚における相手の家族とのコミュニケーション、単にロシアの文化が大好きなど、ロシア語を学習する理由は様々です。 この記事ではロシアの文化が好きだからロシア語を学んでいる人を対象として、文学の観点からスラヴ文化について解説します。 有名な作家や作品を通してロシア語やスラヴ語の歴史を見ていくうちに、ロシア語を完璧に習得してロシア語の名作を原書で読んでみたくなるかもしれません。 古代ロシアの遺産 中世ロシアは文学が発展する可能性を秘めた口承文学の土壌でしかありませんでした。当時の書物は宗教関連の文書だけで、スラヴ語(ロシアの典礼言語)で書かれていました。 この時代には、古ロシア語で書かれた法律書でも宗教関連でもない文書が初めて登場しています。 しかし文学の形態は書面だけではありません。この時期にはロシア人の家系が何世代にもわたり口承で伝えてきた物語が拡散されました。 これらの物語キリスト教、東ローマ帝国、異教徒に関する伝説が融合した民話になりました。 後に、これらの民話がロシア文学(または言葉の芸術「Словесность」)の基礎となりました。 ロシア文学を表現するために「Литература*」ということばが使われるようになったのは啓蒙時代になってからでした(*Литератураは筆記文学、Словесностьは言葉による文学を指します)。それまで、このことばは文章を表す用語でした。 12世紀末に書かれた『イーゴリ遠征物語』で説明されているように、古ロシア語で書かれた大半の有名な作品は作者不詳です。 司祭アヴァクームは17世紀に自伝でロシア固有の口語を使ったことで、現代ロシア語への道を拓きました。彼の書物は現代ロシア語の初期の模範となりました。 この頃、ピョートル1世の母親であるナタリヤ・ナルイシキナの監督下で劇場が導入され、最初の西欧化の波が訪れました。 現代のロシア文学作品とロシア文学の最高峰 ロシア帝国は、ピョートル1世(1682-1725年)の政権下で大きく変化しました。 国が西欧化されただけでなく、国の歴史やルーツ、特に言語の研究が進みました。詩人ロモノーソフ(1711-1765年)が書いた有名な文法書はそれ自体が傑作であると同時に現代ロシア語の文法の基礎を築きました。 また、ロモノーソフはロシア初の大学も設立して、ロシア文学の礎としての役割を担いました。 ピョートル大帝の治世における新都市サンクトペテルブルクの建築物と初の新聞から、キリル文字から西方ラテン語の影響を受けたロシア語に移行する過程でアルファベットが単純化されたことがわかります。 芸術や科学が徐々に世俗化するにつれ、文学の新ジャンルが誕生する下地ができました。 騎士道小説や冒険物語の他に、恋愛詩も台頭してきました。 書物に著されなかった物語(Повести)の中には100%ロシア語の伝説や大衆的な内容がありますが、外国の作品の優れた改作も含まれています。 登場人物には紳士や船員が多く、物語に異国情緒を出すために海外が舞台となっている多数の作品があります。 同時期に、ロシア語の詩は帝国内で興隆を極めました。 この時代には、詩人ではトレディアコフスキー(1703-1769年)、デルジャーヴィン(1743-1816年)、散文ではカンテミール(1708-1744年)、ラジーシチェフ(1749-1802年)、カラムジン(1766-1826年)、国立劇場ではソマロコフ(1717-1777年)やフォンヴィジン(1745-1792年)がロシア文学の第一波として活躍しました。 現代ロシア語はロモノーソフと彼の文法書、上記の作家たちの貢献により誕生しました。この言語は一般的に使われていた会話と教会スラヴ語の融合で、1755年にロモノーソフが『ロシア文法』の初版でロシア語を最初に標準化しました。 ロシア皇帝による外交政策により、欧州から今まで東スラヴ語圏では知られていなかった多くの新しい概念や技術が導入されました。 ロシアについての新しい知識を活用して、自分の語学スキルをロシアで試してみませんか?最初にロシアのビザを取得するために必要な手続きを踏みましょう。 19世紀ロシア文学黄金の時代 通説と異なり、現代ロシア語に翻訳されたフランスの小説をベースとしたロシア文学は、18世紀には誕生していました。 ロシア語で最初に小説を書いたのはエミン(1735-1770年)でしたが、彼は他国出身でした。 当時、彼の作品は大流行して、チュルコフ(1743-1793年)や寓話作家兼劇作家のクリロフ(1769-1844年)は彼の文字を模倣しましたが、エミンの文体は凡庸だったため今では忘れ去られています。 国民の中でも上流階級に徐々に浸透していったのはモスクワ地方語でした。 フランスと同様、ロシアのロマン主義もドイツを発祥地として19世紀前半に東方に広がりました。 この前例のない芸術運動により、各世代のロシアの天才たちが輩出されました。この黄金時代の作品は今でも新鮮で、現代ロシア文学の模範となっています。 作家の中には現在では知られていない人物もいます。オールラウンドの作家プーシキン(1799-1837年)、西欧の作品に触発されて『死せる魂』を書いた神秘的なゴーゴリ(1809-1852年)、弊社が作成したロシアの偉人10選リストにランクインした偉大なるドストエフスキー(1821-1881年)、親仏派のツルゲーネフ(1818-1883年)、ロシアを代表する劇作家チェーホフ(1860-1904年)、『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』の作者として有名なレフ・トルストイは現在でもロシア文学史に名を残しています。 ロシア語を勉強している親露派の人にとって、『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの名作の中でも必読書です。 哲学的側面からの彼の作品の重要性については、議論の余地がありません。彼の傑作は人間の本質を捉えています。 上記の偉人たちの他にも、ナポレオンの侵攻に対する愛国歌で知られるジュコーフスキー(1783-1852年)、 芸術家レールモントフ(1814-1841年)、古典象徴主義の詩人 チュッチェフ(1803-1873年)、著書『オブローモフ』でトルストイやドストエフスキーから高い評価を受けたゴンチャローフ(1812-1891年)、 風刺作家ミハイルサルトィコフ=シチェドリン(1826-1889年)、ジャーナリストだったレスコフ(1831- 1895年)など、知名度はありませんが才能豊かな作家が多数登場しました。 19世紀になっても詩の人気は衰えませんでした。特に形而上詩人バラトゥインスキー(1800-1844年)、従兄弟のレフほどの知名度はないがエレガントな作品を書くアレクシス・トルストイ(1817-1875年)、「芸術のための芸術」運動の指導者アファナーシー・フェート(1820-1892年)が活躍しました。 詩以外のジャンルでは他の国と同様にゲルツェン、クロポトキン、ネクラソフ、オストロフスキー、バクーニンなど政治思想色が強い作家が現れました。 ロシア旅行の際にモスクワとサンクトペテルブルクのどちらに行くべきか検討してみましょう。 20世紀のロシア文学 ここまで、詩はロシアで最も受賞歴の多い権威ある文学ジャンルでした。 20世紀は象徴主義の最盛期と共に幕が開きました。象徴主義の代表的な詩人にはアンドレイ・ベールイ、フレーブニコフ、ヴォローシンなどが挙げられます。 誕生から2世紀を経たロシア文学は、才能溢れる多くの作家を生み出しましたが、ここで批判的な視点からロシア文学を見ていきたいと思います。 20世紀にはフォルマリズムが台頭して、多くの書誌や批評が発表されました。 ロシア文学黄金の時代と呼ばれた19世紀の最盛期の後、この期間は銀の時代と呼ばれましたが、その後、文学は断絶の時期を迎えます。 1917年のボリシェヴィキによるロシア革命で、ロシアの国そのものの基盤が揺るがされたのです。 […]
ロシア語の方言
02/08
ロシア語の歴史 日本とロシアとの関係は常に良好だったわけではありませんが、トルストイの作品を生んだロシア語を勉強する学生の数は増えています。 サンクトペテルブルクは人気の観光スポットとなり、ロシアと日本間の国際結婚の数も増えています。 ロシア語(Русский)は日本語とも一般的なロマンス諸語とも全く異なります。 ロシア語は、甘く優しく、抑揚が少ない印象があります。 また、ロシア語では特に魅力的なアクセントが印象に残ります。特に映画監督にとっては、ロシア語を話す女性には「魔性の女」のイメージがあるようです。 ロシア語では奇妙なアルファベットのような文字が使われていますが、ロシア語は耳に心地よい響きです。キリル文字はアラビア語のようにアート作品のような外見です。 この記事では、時代をさかのぼりロシア文学の発展を段階的にたどり、ロシア語の魅力の本質に迫りたいとおもいます。 £30£30£18 Maria ロシア語の民族的起源 シャルル=ジャック・ヴェランが著した『ロシア文法』は、ロシア文法を理解するために必要な情報の宝庫です。 スラヴ語は様々な人種から構成され、古代ヨーロッパの広大な民族文化や言語群を形成しました。 ホーマーは作品の中でイニーアスについて言及しています。言語学者レイモンド・ドラットルは論文『古代欧州人の言語と起源:現在の言語に与えた影響』の中で、このイニーアスということばはスラヴ語である可能性に触れています。 また、ドラットルはスラヴ民族の起源はウクライナとベラルーシの北部にあるドニエプル川の上流であることを突き止めました。 ジャン・ブレイヤールやステファン・ビエラールが共著『18世紀におけるロシア語の歴史』で指摘したように、このスラヴ語を起源として、現代のロシア語は徐々に発達していきました。 この本は、大学でロシア語を学習する学生に特におすすめです。実際の文書の美しい写真付きで、ロシア語の構文、辞書、語彙についての説明が記載されています。 スラヴ語派と古代ロシア語の台頭 「スラヴ祖語」として知られている言語は、現在使われている全てのスラヴ語派共通の祖先です。 バルト・スラヴ語派は、インド・ヨーロッパ語族に属し、ギリシャ語やトラキア語はスラヴ語派の従姉妹にあたります。 古東スラヴ語は古代教会スラヴ語に由来し、派生物または複数の方言であると同時に、強い外敵影響を受けていました。 言語学者は、古東スラヴ語は10世紀に登場して14世紀まで使われ、徐々に現代のロシア語に進化していったと考えています。 古代ロシア語はウクライナ、ベラルーシ、ヨーロッパロシアで話されていた東スラヴ語群に属します。 皇帝が東に進出してセルビアを併合したのは、まだ近代または現代の出来事です。 キリル文字とロシア文字 宣教師だったキュリロスとメトディオス兄弟は、布教者としてビザンチン帝国からスラヴ諸国に派遣されました。 使命を果たすために、当然ながら兄弟は現地の住民と意思疎通をはかる必要性がありました。 しかし、スラヴ諸国には形式的な文字がなかったため、ふたりの宣教師はギリシア文字を使って自分たちが聞いた音(この場合はマケドニア方言)を書き起こしました。 キュリロスが書き起こした文字は特に表音的で、ジャンル、大小文字、数字により様々なバリエーションがありました。 スラヴ諸国をキリスト教に改宗させるという兄弟の目的は、彼らの死後にウラジミール1世(1015年没)が洗礼を受け、980年前後からキエフ大公国を統治したことで達成されました。 イタリア人学者ロベルト・デ・マッティ教授は著書『The Church in turmoil』の中で「rus(ルーシ)」という用語はキエフが統治した全領地と改宗させられた人民を表すために使われたと説明しています。 12世紀に修道士により書かれたロシア年代記には、ロシア国家の誕生、ロシアのアイデンティティ、関連する言語について記載されています。 33個のキリル文字も、何世紀もの間に大きく変化しました。 キリル文字は何度も修正されたため、現在では英語圏の人はキリル文字ではなくロシア語アルファベットを使っています。 インターネットを使えば、ロシア語の発音やアクセントを確認できます。 実際、キリル文字の発展が止まった後も、話し言葉としての言語は進化を続け、文語と会話の隔たりはどんどん大きくなっていきました。 時代と共に変化していった文字の形態や音の再改正が必要でした。 最近では、ロシア語アルファベットはロシア語の発音とは違う表記で書かれています。 ロシア語と宗教 スラヴ語はキリル文字の導入前から存在していましたが、キリル文字の導入前から存在していましたが、キリル文字の発展により現地語でのキリスト教聖書の翻訳や出版が可能になりました。 古代の翻訳書は、モスクワ総主教やロシアのカトリック教会の典礼言語として現存しています。 古代教会スラヴ語典礼所と呼ばれるこの古い翻訳書はスラヴ語で書かれています。聖書の翻訳版は、1000年前のキリスト教への改宗以来ほとんど変更されていません。 スラヴ語は、カトリック教会と正教会への分裂前の9世紀に、教会のために発明されました。 文字としてスラヴ語がロシアに広まったのは10世紀になってからでした。 ロシア正教会の言語は、教育水準が低い人たちが普段話していた方言よりも重んじられていました。 スラヴ語は17世紀まで、その知的水準や文学的卓越性を維持しました。中世以降に西欧でラテン語が使われなくなったように、ロシア正教会の言語も現代ロシア語にその座を明け渡すことになりました。 ロシア古典文学 ロシア文学が誕生したのは、西欧においてフランス文学が最盛期を迎えた18世紀のことでした。 ピョートル1世(1725年没)は、自国の西欧化のために言語の大改革に着手しました。 彼は古代教会スラヴ語の使用を典礼だけに制限すると同時に、当時使用されていた古ロシア語と類似性の高いロシア公用語の近代化に取り組みました。 近代ロシア標準語はロモノーソフ(1711-1765年)の文法とスラヴ語が組み合わされた言語で、当時の上流階層の間で使われていました。 プーシキン(1799-1837年)、ゴーゴリ(1809-1852年)、ドストエフスキー(1821-1881年)、チェーホフ(1860-1904年)その他弊社が選んだロシア有名人トップ10にランクインした偉大な作家たちにより、近代的なロシア文語が確立されました。 […]
ロシアに行く前に知っておきたいこと
30/07
ロシアに行く前に知っておきたいこと モスクワとウラジオストク間の田舎の風景をシベリア鉄道から眺めるにしても、サンクトペテルブルクやバイカル湖でロシアの文化を堪能するにしても、ロシア行きの飛行機に乗る前にロシアについて少し調べておく方がいいでしょう。 ロシアを旅行する前に、ウォッカを飲める有名なバーだけでなく、ロシアの言語、文化、歴史などロシアについて最低限の知識を身につけておくべきです。 この記事では、ロシアに行く前に知っておくべきことをまとめました。 ロシア語の歴史 ローマ皇帝カール5世は、「スペイン語は神と、フランス語は友人と、ドイツ語は敵と、イタリア語は女性と語るのにふさわしい」と話したそうです。 それでは、彼にとってロシア語はどんな言語だったのでしょうか。 ロシア語と同じ群に属する言語 ロシア語はインド・ヨーロッパ語族の一派であるスラヴ語派に属しています。ドイツ語やロマンス諸語もインド・ヨーロッパ語族に含まれます。 スラヴ語派には、ロシア語以外に下記をはじめとした多くの言語が含まれます。 ポーランド語 ブルガリア語 ウクライナ語 セルビア・クロアチア語 チェコ語 ベラルーシ語 スロバキア語 スロベニア語 マケドニア語 スラヴ語派は3つの語群に分割できます。ロシア語はベラルーシ語やウクライナ語と同じ東スラヴ語群に属します。 ロシア語の起源 現代ロシア語の始祖である古ロシア語の歴史は、キリスト教への改宗後の10世紀末にさかのぼります。 元々、古ロシア語は「古代教会スラヴ語」または「大ブルガリア語」とも呼ばれた教会スラヴ語でした。他の言語と同様、ロシア語も話し言葉と書面では違いがあり、言語が進化するにつれ、多くの音韻や語形が省略されました。 スラヴ語は17世紀末までロシアの文学形式でした。古代スラヴ語から現在のロシア語に変わったのは、ピョートル1世の時代でした。当時、新しい技術、科学、文化、政治の概念が生まれたため、新しい文語が必要となったためです。もちろん、現在のロシア語と古代スラヴ語の間には多くの共通点がありますが、自国語や他の西欧言語も採り入れられています。 ロシア文学隆盛の時代 他の西欧文化と対照的に、ロシア文学が確立されたのは19世紀になってからです。19世紀の時ですら、書物は宗教冊子くらいでした。ロシア最古の書物は『ノヴゴロド写本』であると考えられています。 1992年に、ロシアの偉大な指揮者であるイリヤ・ムーシンは次のように語りました。 ロシアではヒューマニズム、革命、ルネッサンスの歴史をたどることは不可能だ これはタタールの軛(くびき)と呼ばれるモンゴル(タタール)人によるロシア支配により、他の欧州諸国に流通していた王侯や騎士といった概念がロシアでは禁じられていたせいです。 ロシア文学の起源 文学が許可されるようになったのは、18世紀にピョートル1世が即位してからでした。ピョートル1世はロシア文化の発展に大きく貢献しました。 特に、18世紀には詩が繁栄しました。ガヴリーラ・デルジャーヴィンはロシア古典主義の代表的な詩人のひとりです。その他アンティオコス・カンテミール、ヴァシリー・トレジャコフスキー、ミハイル・ロモノーソフなどが18世紀初頭のロシア文学の第一波を形成しました。 ロシア語の小説の誕生 フランスのアベ・プレヴォの作品をはじめとする西欧諸国の小説がロシア語に翻訳されるようになると、ロシア国内で娯楽のための読書に価値はないとする保守派と急進派の間で論争が起こりました。 19世紀には、ロマン主義の台頭と共にロシアに才能のある作家が登場しました。 19世紀はまさにロシア文学黄金時代でした。この時代には下記の作家が活躍しました。 フョードル・ドストエフスキー(彼の作品は難解なので、最初に読む作品としては『白痴』をおすすめします) アレクサンドル・プーシキン ニコライ・ゴーゴリ レフ・トルストイ(彼の作品はロシア語の授業でよく題材にされます) しかしロシア文学はロマン主義だけでなく、レオニド・アンドレーエフ、アンナ・アフマートヴァ、イヴァン・ブーニンの著作のように象徴主義や未来派の作品も誕生しました。 スターリンが権力の座につくと、多くの作家が亡命したため文学作品は減少し、ロシア文壇は衰退しました。しかし、20世紀後半の再生期には、アレクサンドラ・マリーニナ、ダリア・ドンツォワ、ウラジミール・ソローキンなどの作家がロシア文学の復旧に尽力しています。 ロシア文学史において重要な作家 ロシア文学を短期間で集中的に学習したい方には、下記の作家の作品から読み始めることをおすすめします。 イワン・ツルゲーネフ:彼の作品は哲学的な議題や横筋に逸れることなく読みやすいのが特徴です。手始めに世代間の相克を描いた『初恋』や『父と子』を読むことをおすすめします レフ・トルストイ:出版後100年以上たった今でも、彼の作品『アンナ・カレーニナ』は多くの人に読まれています。この名作は映画、舞踏会、ドレス、劇の題材となっていますが、その輝かしい名声にもかかわらず、この作品は失意の若い女性の精神的探究がテーマです アントン・チェーホフ:彼の作品は主に現代の出来事を扱っているため、ロシア文学の入門書として最適です。貴族の家に生まれながら、自身も一労働者として肉体労働に従事する生活を選んだ若者を主人公とした第一人称の小説である『わが生活』をおすすめします ナジェジダ・ドウロヴァ:日本ではほとんど知られていませんが、回想録『皇帝の騎士』で、彼女は軍隊と旅における自分のキャリアを回想しています。とても読みやすく面白い内容です アンドレイ・クルコフ:彼はウクライナ人ですがロシア語で執筆活動をしています。『ペンギンの憂鬱』は悪徳ビジネスマンと戦争生存者との間の不条理な話と事前に書かれる死亡記事についての物語です。クルコフはブラックユーモアで旧ソビエト連邦の不条理を風刺しています 「ロシア語レッスン」をクリックすると、ロシア語の学習に最適な本を教えてくれるロシア語講師を検索できます。 ロシア観光ビザ シベリア、イルクーツク、ネヴァ川のクルーズなどロシア旅行には ビザが必要です。 日本からの観光ビザの有効期間は30日で、料金は11営業日以上前だと無料です。短期のビジネス交渉、博覧会、オークションへの参加、治療や医療調査目的での入国の場合、外国人旅行者受け入れ確認書の旅行の目的欄にこれらの目的を記入すれば、上記イベントに必要な日数分のビザが発行されます。 ロシアビザの取得方法 […]