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スペインで最も著名な人物

作成者 Chieko、公開日 18/06/2019 Blog > 言語 > スペイン語 > スペインの著名人

「完璧をおそれるな。完璧になんてなれないのだから」サルバドール・ダリ

人口4600万人のスペインは、多くの著名人を輩出しています。スペイン語を学習中の人は、同国の歴史と文化についても学ぶべきことがあります。

また、スペインの首相、ナショナリズム(プリモ・デ・リベラ)、君主制、ガリシア語、バスク語、カタルーニャ語などスペインで使われているスペイン語以外の言語についても学習していきましょう。

この記事では、スペインの著名人をとりあげます。スポーツ選手から映画スターまで、スペインは多くの有名人の生誕地です。

ラファエル・ナダル:クレーコートの絶対王者

テニス愛好家で、「クレーコートの絶対王者」ラファエル・ナダルの名を知らない人はいないでしょう。

スペインのテニス選手 ラファエル・ナダルは「赤土の申し子」と呼ばれています(出典:Cynthiamcastro)

1986年にマヨルカ島で生まれたラファエル・ナダルは、スペイン歴代最高のテニス選手です。2001年にプロへ転向してから、彼はグランドスラム優勝18回、2005年から2018年の間で全仏オープン優勝12回を達成した唯一の選手です。

彼の偉業はこれだけではありません。

  • 史上7人目となるキャリア・グランドスラム(同年で4大国際大会優勝)達成
  • 2018年の全仏オープンで86勝2敗の記録を達成
  • 史上最年少での同年での4大国際大会優勝
  • 10年連続で4大国際大会優勝経験を持つ唯一の選手

この記録は今後も続いていくでしょう。

数々の偉業の中でも特に印象深いことは、2年間にわたる怪我による不調の後、2017年8月に再び世界ランキング1位に返り咲いたことです。

スペインについて興味がある方は、「スペインに関する基礎知識」もご覧ください。

ペネロペ・クルス:スペインの宝石

1974年生まれのペネロペ・クルスは、スペイン人女優、モデル、デザイナーとして活躍しています。1992年にその素質を発掘され、スペインとハリウッド両方で女優業を続けました。

彼女は2009年に『それでも恋するバルセロナ』でスペイン人女優として初のオスカーを獲得しました。またロサンゼルスのハリウッド・ウォーク・オブ・フェームで星型のプレートを残した初めてのスペイン人女優でもあります。

ペネロペ・クルスは、その慈善活動でも有名で、マザーテレサと一緒にウガンダやインドでボランティア活動に従事しました。『ハイロー・カントリー』での彼女のギャラは、マザーテレサの慈善事業に寄付されました。

スペインのTV番組」もご覧ください!

サルバドール・ダリ:スペインが生んだ奇才

『ゲルニカ』で有名なパブロ・ピカソ、フランシスコ・デ・ゴヤ、ディエゴ・ベラスケス、ジョアンなど、スペインからは多くの偉大な画家が輩出されていますが、サルバドール・ダリも、これらの巨匠のひとりです。

シュルレアリスム(超現実主義) ダリはスペインで最も有名な芸術家のひとりです(出典:CarolinaP)

画家、彫刻家、作家として、サルバドール・ダリはシュルレアリスム(超現実主義)運動の先陣を切りました。彼は1904年にカタルーニャのフィゲーラスに生まれ、1929年にシュルレアリスムに出会うまでは様々な手法に挑戦していました。

詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカやメキシコ人監督ルイス・ブニュエルの友人として、彼は「偏執狂的批判的」手法を磨くためにジョアン・ミロのアドバイスに従いパリに渡りました。その後、彼は問題が多い人物として、グループから除名されています。

彼はパリに亡命してスペイン内戦(1936~1939年)の戦禍を逃れ、第二次世界大戦中はニューヨークに渡りました。ダリは米国で大金を稼いだ後にスペインに帰国するとルネサンス絵画に傾倒しました。

カルロス・ルイス・サフォン:スペインの偉大な作家

1964年にバルセロナに生まれたサフォンは、14歳の時に最初の小説を書きました。デビュー作『El Príncipe de la Niebla(邦題:霧の王子)』は、彼が19歳の時に出版されました。

彼の代表作『Sombra del Viento(邦題:風の影)』は多くの賞を獲得し、2009年に世界で5番目に売れたフィクション小説となりました。

現在、彼はロサンゼルスで小説や脚本を執筆しています。

ロシオ・フラード:スペイン歌謡界のビッグスター

スペイン人歌手ロシオ(1946~2006年)はスペインで「la más grande(最も偉大なるもの)」と呼ばれていました。

フラメンコ スペインの文化において音楽は重要な役割を担います(出典:Pexels)

フラメンコ歌手としてデビューした後、彼女はスペインや南米の映画に出演しました。

国外では、彼女は1985年にホワイトハウスでロナルド・レーガンの前で歌を披露したことで有名です。

スペイン人の歌手については、「スペインヒットチャート」もご覧ください。

ペドロ・アルモドバル:スペインの名匠

著名なスペイン人映画監督ペドロ・アルモドバルは、若い時から映画監督になることを夢見ていました。彼が18歳の時、独裁政権のもとで国立映画学校が閉鎖されましたが、ペドロはくじけずに自分のスーパー8カメラで映画を撮り続けました。

彼の映画作品にリアリティを与え成功に導いたのは、スペイン中流階級とその人生についての彼の知識でした。彼は新聞への寄稿やフォトノベルの創作にも携わりました。

それから、彼は『ハイヒール』、『キカ』、『オール・アバウト・マイ・マザー』、『ボルベール(帰郷)』などの映画作品を監督し、その独自なスタイルで有名となり、批評家からも絶賛されました。

ドロレス・イバルリ:スペイン共産党のヒロイン

「ラ・パショナリア(情熱の花)」としても知られるドロレス・イバルリは、バスク出身のスペイン共産党の女性政治家です。彼女は「奴らを通すな!」というスローガンで有名です。彼女はスペイン内戦中にラジオでこのことばを口にしました。現在、このスローガンは世界中で反ファシストのシンボルとして使われています。

また、彼女は1942年から1960年までスペイン共産党(PCE)の書記長を、1960年から1989年までは党議長を務めました。

フランコの死後、民主主義の復活により、ドロレス・イバルリは下院議員に選ばれました。

彼女は民主主義の象徴です。

アンドレス・イニエスタ:スペインの代表的なサッカー選手

スペインの有名人と言えば、サッカー選手が思い浮かぶでしょう。

1984年生まれのアンドレス・イニエスタは著名なサッカー選手です。彼は12歳の時にFCバルセロナからスカウトされ、チームのミッドフィルダーになりました。クラブでは4度のチャンピオンリーグ、9回のラ・リーガ(スペインのプロサッカーリーグ)、2度のクラブ・ワールドカップの優勝を経験しました。

彼は2015年から2018年までFCバルセロナのキャプテンを務め、2012年にはUEFA欧州最優秀選手賞を獲得しました。また、2010年にはFIFAバロンドール投票で2位、2012年には3位に選ばれています。 アンドレス・イニエスタは34ものタイトルを獲得した、スペインで最多の受賞歴を誇るサッカー選手です。

また、彼は歴代最高のミッドフィルダーであるとの評価を受けていて、現在は日本でキャリアの集大成を迎えようとしています。

ロッシ・デ・パルマ:スペインの個性派女優

ロッシ・デ・パルマは、ペドロ・アルモドバル監督の作品の常連であるスペイン人女優です。

ロッシ・デ・パルマ 映画からたくさんのスペイン語を学べます(出典:Derks24)

彼女は『欲望の法則』、『キカ』、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』、『私の秘密の花』に出演しました。

ロッシ・デ・パルマは、すぐにスターに昇りつめました。彼女は世界中の映画に出演していますが、今でもスペイン映画で役を演じることに情熱を傾けています。

フランシスコ・ピサロ:スペインの征服者

1475年生まれのフランシスコ・ピサロは、インカ帝国を征服してペルーの知事(当時の名称は「新カステーリャ」)になったスペイン人のコンキスタドール(征服者)です。彼はインカ皇帝アタワルパを投獄した後、殺害しました。

コンキスタドールは無慈悲にも、天然痘を悪用して人口を8000万人から1000万人にまで減らし、カトリック教への改宗を拒否した人たちを処刑しました。

ピサロはインカ人ではなく、彼の地位を奪おうとした他のコンキスタドールにより1541年に殺されました。スペイン人によるアメリカ大陸の征服は、その後も続きました。

フランコ将軍:スペインの独裁者

フランシスコ・フランコの名前は聞きたくもないという人は多いでしょうが、彼はファシスト党と国内のクーデター後に確立した独裁政権で有名なスペイン人です。彼はスペイン内戦の後にファシスト独裁政党を打ち立て、この政権は彼が1975年に亡くなるまで36年も続きました。

フランコは「カウデーリャ」と呼ばれることを好み、反共和制軍部の指導者として活躍しました。米国の歴史学者ロバート・パクストン氏は「フランコは民主主義、自由主義、世俗主義、マルクス主義、そして特にフリーメイソンを病的なまで嫌っていました」と説明しています。

現在でも、フランコの遺産はスペイン君主制の存在にも見てとれます。フランコはフアン・カルロスをスペイン王に指名しました。同様に、スペインは第二次世界大戦では中立の立場でしたが、フランコはドイツのヒトラー率いるナチ党やイタリアのムッソリーニ寄りで、援助協調のためにふたつの独裁政権と同じタイムゾーンを採用していました。

文化の面では、フランコ政権が終わるとファシズムからの移行期に「ラ・モビーダ・マドリレーニャ」と呼ばれる文化革命が起こりました。驚くことに、現在のスペインが確立されてから、まだ50年も経っていないのです。

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