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世界的で最も有名な女流詩人トップ5

投稿者 Yuki、公開日 29/03/2019 Blog > アート&趣味 > > 最も有名な女流詩人

英米文学史における有名な詩人のリストはとてつもない長さになります。

英国のトマス・ワイアットウィリアム・シェイクスピアウォルター・ローリージョン・ミルトンバイロン卿ジョン・キーツウィリアム・ワーズワースオスカー・ワイルドウィリアム・バトラーイェーツ、ロバート・バーンズラドヤード・キップリングT.S.エリオットから米国詩人のラルフ・ウォルドー・エマーソンエドガー・アラン・ポーヘンリー・ディビッド・ソロージェイムズ・ウィットコム・ライリーウォルト・ホイットマンロバート・フロストE.E.カミングスまで、文学ジャンルとしての詩の世界は男性が支配していました。

当時の家父長制度では、女性は繊細で感情的で大げさであると軽視されていましたが、このような特質は詩の特性でもあります。

多くの詩の名作では、ことば、並び替え、不協和音と類韻、意味よりもことばが伝える感情や気持ちが特徴です。

200年前に台頭してきた有名な女流詩人の作品が出版されたことは、それ自体が偉業でした。この記事では文学批評家に称賛され、人類の遺産を豊かにした女流詩人にスポットライトをあてていきます。

「詩女神」サッフォー

紀元前630年前後に生まれたサッフォーは、恐らく歴史上初の女流詩人でした。古代において彼女が遺した業績はホメーロスと同じくらい偉大であり、ホメーロスが「最も偉大な詩人」とされていたのに対し、サッフォーは「最も優れた女流詩人」と評価されていました。プラトーソクラテスなど古代ギリシャの哲学者西洋哲学の始祖までもが、彼女とその作品を演説や書物で引用しています。

サッフォーの作品のほとんどは現存していなく、大半は断片だけです。唯一完全な形で残っている作品が『アフロディーテへの祷歌』です。

この詩は愛の女神であるアフロディーテに対する祈りであり、サッフォーはこの詩の中で自分が恋をした女性の気を惹くために助力を求めています。

今度は誰なのサッフォー
お前を恋するようにさせるのは
誰がお前を傷つけるの
もしその娘が逃げているのなら、まもなく追うようになるでしょう
もし贈物を拒むなら、自分から贈るようになるでしょう
もし恋していないなら、まもなく恋するようになるでしょう
– サッフォー『アフロディーテへの祷歌』(古澤ゆう子訳)

エリザベス・バレット・ブラウニングとロマン主義

1806年に英国に生まれたエリザベス・バレットは早熟で6歳から詩を書き始めました。彼女の母親が集めた詩は、未成年の英国人作家による現存する最長の詩集となりました。

バレットは生涯病弱で、結核を患っていたと言われています。彼女は病にも負けず32歳の時に最初の詩集を出版しました。彼女の詩は高く評価され、その後も彼女は精力的に創作活動を続けました。

また、奴隷制度反対運動にも積極に参加して、児童労働規制の改革においても影響を与えました。

彼女の作品は詩人のロバート・ブラウニングの目に留まり、彼は彼女に手紙を書いた後にエリザベスに求婚しました。エリザベス・バレットは父が反対するとわかっていたので、1846年に密かに結婚した後、イタリアに移住してそこで生涯仲睦まじく暮らしました。

彼女の作品はエドガー・アラン・ポーエミリー・ディキンソンなど同世代の有名な作家にも大きな影響を与えました。

エリザベス・バレット・ブラウニング エリザベス・バレット・ブラウニングは、作品と私生活の両面において全盛期の英国ロマン主義運動を代表する人物でした。

どのようにあなたを愛せばよいのでしょうか
愛し方がいくつあるのかかぞえてみましょう
あなたへの愛は何よりも深く、広く、高く、無限の存在と
惜しみない恩寵によりこの思いが昇華されると、私の魂は
たどり着くことができるのです
太陽の光の下でも夜のろうそくの炎の下
でも私はあなたを愛しています
正義のために戦うように臆せず、私はあなたを愛しています
称賛を顧みることなく純粋に、私はあなたを愛しています
深い悲しみに満ちた想い出と幼い頃の信仰の
情熱をもって私はあなたを愛しています
息をするときも、微笑むときも、涙を流すときも、
私は全身全霊で生涯あなたのことを愛します
そしてもし神の御心に叶うならば、この世を去った後も私は
あなたを今まで以上に深く愛することでしょう
– エリザベス・バレット・ブラウニング『ポルトガル人のソネット43番』

「吟遊詩人」エリザベス・ビショップ

エリザベス・ビショップは1911年にマサチューセッツ州に生まれました。彼女はまだ8歳の時に父親が病死して、母親が正気を失うという不幸な子供時代を過ごしました。

最初に母方の祖父母にひきとられ、それから父方の親戚に送られました。

病弱だったため14歳まであまり学校に出席できず、それから高校に入学しました。  ビショップは女子学生の入学を許可したアメリカ最古の大学のひとつであるヴァッサー大学で勉強しました。

最初に音楽を専攻しましたが、人前で演奏することが怖かったため学部を変更しました。

父親の僅かな遺産で生活していたため、彼女は安旅でしたが米国中を旅することができました。彼女は1950年代と60年代のビート運動の先駆けでした。彼女の作品には、旅に対する情熱が溢れています。

ビショップが出版した作品数は多くありませんが、その有名な詩によりすぐに名声を得ました。1946年に初めて出版された詩集『北と南』で、彼女は    グッゲンハイム奨学金全米図書賞米国芸術文学アカデミー賞、ブリンマー大学からのルーシー・マーティン・ドネリー奨学金、シェリー記念文学賞、全米芸術文化協会の永久会員、ピューリッツァー賞、Chapelbrook Foundation賞、Academy of American Poets奨学金を授与されました。

エリザベス・ビショップ エリザベス・ビショップは旅行作家のアイコンとなりました。彼女の作品は旅から大きな影響を受けています。(引用元:Alice Methfesse)

ブリンマー大学から奨学金を授与された後、彼女は南米一周の船旅に出ました。1951年11月から、彼女は15年間ブラジルに滞在しました。

失う術を習得することは簡単だ
大半のものは失くされようという意図に溢れているから
失くしたところで大惨事には至らない
毎日何かを失くすこと
扉の鍵を失くした動揺や、 やり過ごした時間を受け入れること
失う術を習得することは簡単だ
– エリザベス・ビショップ『ある術』

「天才詩人」グウェンドリン・ブルックス

1917年生まれのグウェンドリン・ブルックスは、世界大恐慌の間に育ち、学生時代に偏見や人種差別に直面しましたが、それでも執筆に対する情熱は失われませんでした。

シカゴのサウスサイドコミュニティからインスピレーションを得て、彼女は教師だった母親からの強いすすめで10代前半から執筆を開始しました。

作品の初出版は13歳の時で、16歳になるまでに75編以上の詩を公表しました。人種差別の多いアメリカの黒人のティーンエイジャーとしての独特の観点から、彼女は近所に住む平凡な人たちを描写しました。

1940年代前半に多くのライティング・ワークショップに参加した後、彼女は1945年に最初の詩集『ブロンズヴィルの街』を国内トップクラスの出版社であるHarper & Brothersから発行しました。

彼女の本はすぐに高く評価され、翌年にはグッゲンハイム奨学金を付与されました。この成功の後、彼女は前作で描写した同じブロンズヴィルの街で育った黒人少女の物語である『アニー・アレン』を書きました。この作品で彼女は1950年にピューリッツァー賞を獲得して、同賞を受けた初のアフリカ系アメリカ人女性となりました。

彼女は執筆活動を続け、若いアフリカ系アメリカ人学生への教育と文才の育成にも熱心でした。

グウェンドリン・ブルックス グウェンドリン・ブルックスの作品は、あらゆる世代のアメリカ人作家にインスピレーションを与えました。

1976年に、全米芸術文化協会は彼女をアフリカ系アメリカ人で最初の会員に任命しました。グウェンドリン・ブルックスの故郷であるシカゴでは彼女の影響は特に強く、多数の学校や文化センターに彼女の名前が付けられています。

2002年に、テンプル大学は人名辞典で彼女を最も偉大なアフリカ系アメリカ人100人のひとりに選びました。

「辛いことは一瞬やがて過ぎ去る
それが裂傷だろうと黄金だろうと
同じ偽装では再び現れない」
 グウェンドリン・ブルックス『アニー・アレン』

「現代アメリカの魂」マヤ・アンジェロウ

マヤ・アンジェロウは非凡な人生を送りました。1928年に南部ミズーリ州に生まれた彼女は、1969年に出版され国際的なベストセラーとなった自伝『歌え、翔べない鳥たちよ』で自分の不幸な子供時代を回想しています。

全7作集の最初の本で、彼女は自分が愛と決意により人種差別やトラウマを克服した方法を語っています。

彼女は子供時代から詩を書き、自分を癒す手段として文学を選びました。マヤ・アンジェロウは『ポーギーとベス』の欧州ツアーのキャストメンバーや、1950年代のカリプソ音楽の歌手など様々な職を経た後、最初の作品を発表しました。

1971年に出版された初の詩集『Just Give Me a Cool Drink of Water ‘fore I Diiie』はピューリッツァー賞にノミネートされました。

ビル・クリントン大統領の就任式で、彼女は『朝の鼓動』を朗読して、大統領就任式で詩を朗読した初のアフリカ系アメリカ人および初の女性になりました。翌年、彼女は「最優秀スポークン・ワード」部門でグラミー賞を授与されました。

自伝の中で、彼女は子供時代にウィリアム・シェイクスピアエドガー・アラン・ポーダグラス・ジョンソンの作品から大きな影響を受けたと語っています。

彼女自身はアフリカ系アメリカ人の文学に大きなインパクトを残し、その作品はカニエ・ウェストトゥパック・シャクールニッキー・ミナージュなど現代のヒップホップミュージシャンたちにも影響を与えています。

オバマ大統領とマヤ・アンジェロウ オバマ大統領は、彼女の生涯の業績に対して大統領自由勲章を与えました。

岩よ、河よ、木よ、
ずっと前に死に絶えてしまった種の宿主に
巨像マストドンも痕跡を残している
恐竜は自らの印を残した
ここに生きた印を
この地球に生きた印を
自分たちの早すぎた絶滅による警告は
塵と時代の栄光の中にかき消された
だが今日、岩ははっきりと力強く叫んでいる
立ち上がれ、私を背にして
運命と対峙せよ
私の陰に天国を求めてはいけないと
私はお前たちに隠れ場所は与えない
天使よりほんの少し低い階級として創造されたお前たちは
残酷な闇の中に屈みこみ、無知の中に顔を下向けた時間があまりにも長すぎた
お前たちの口は呪文をつぶやく
虐殺に備え武装したまま
– マヤ・アンジェロウ『朝の鼓動』

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